彼岸花

暑さもだいぶ和らぎ、朝晩の風が肌に心地よい凌ぎやすさになってきた。
まさに彼岸までの暑さなのだろうか。

愛犬を伴い夫と出かける朝の散歩は、
この夏の健康アクシデントを反省するかのように、
ちょっと早起きをして車に乗り、
ユーカリの奥、宮の杜公園まで散歩に出かけている。

あたりは、井野里山近くに田んぼが広がり、
少し中にはいると覆い茂る杉林や竹林、
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自然と呼べる大いなる息使いが感じられ、
朝の澄んだ空気とともに、
樹木の発する気などを身体に浴びて
のんびりと田んぼ道などを引き返す。d0092969_15582693.jpg




青々と雑草の生い茂る畦道を行くと、
突然に目をひく真っ赤な彼岸花が
この時期は結構あっちこっちで咲いている。
何故か、この花を見る突然のことのように足を止め、
息をひそめるように見入ってしまう。
不思議な花、彼岸の頃に咲くから彼岸花なのだろうか。
彼岸のころ、誰かに逢いにくるのだろうか、いくのだろうか。

昔、母の墓参りに姉と二人、
わずかなお菓子と、新聞紙に包んだ雑草のような花を持って、
往復の電車賃を持たされ、太田から足利まで電車に乗り、
駅を降りると、はるか遠くのお寺さんまでの道のり、
まだ日の高い田んぼ道を
てくてく
歩きながらお墓参りに行ったことを思い出す。

その道すがら、この赤い彼岸花が咲いていたのを昨日のように思い出す。
暑さと遠き道のりに愚図をこねて歩くのをやめ、
お墓に供える、お菓子をくれと地団太踏み、
たった四つしか離れていない姉を、いつも困らせていた。d0092969_15595116.jpg

姉は4歳、私は11ヶ月で母を失い、
それでも失ったことの寂しさを判らない私より、
母の温もりが、まだまだ欲しかったであろう姉とでは、
子供の頃よりはっきりと性格が違い、
人に頼ろうとせず、いつも自分で判断し、
と言うより自分で決めざるを得ない状態だったのだと思う。
いつまでたっても、
人任せの依頼心の多い私とは水と油ほど違う。

後に弟二人を加え4人姉弟となった今も姉の存在感は絶対的で、
何かと一目置き、時に嫉妬さえも感じるときがある。
出来の悪い私としては、一生超えられないハードルなのかも知れない。

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by yokoy30 | 2007-09-23 11:20  

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